J・POSHとの出会い
2005年1月23日
田中完児先生の講演を聴きました

移動中に見かけた看板に「乳がんを考える」と、ありました。
主催は、葬儀屋さん。
おもしろそうだなぁと、思いました。
これが、たとえば「○○学習センター」だったとしたら、あまり興味が沸かなかったかもしれません。
そう、最近の私は、ねじれてひねくれているので、素直じゃないのです。

講演会に行ってみて分かったのですが、この葬儀屋さんは、死に直面した方を見てきたからこそ、生き方を応援したくなったとのことでした。
「誰でも生きている時間は限られています。だから大切にしてください」
「遺族や親族の無念の声をお聞きし、乳がんについては早期発見できれば助かる・・・それならば、そのきっかけを与える運動をやっていきたいと思うから、ピンクリボン運動を応援したい」と、今回、会員さんと地域の方に向けて講演会を開催されたのでした。

田中先生のお話は、本当に他人ごとではありませんでした。
私自身、昨年4月に乳がんの手術を受けていますから、当然のはずですが・・・
昨年の3月、乳がんの告知をされてから約一年、自分に起きた出来事がピンと来ないまま過ぎてきて、ず〜っと、他人ごとのような感じでした。告知、入院、手術、治療、その間けっこう冷静な自分に驚いたりもしていました。

田中先生の統計をたどりながらの説明は、私にすんなり入ってきました。
「乳がんは、2000年には日本で暮らす女性の悪性疾患の中で、最多の3万5千人。死亡率は30歳〜60歳の中では第1位です。この年代の女性の多くは、家庭では妻であり母です。小学生、中学生、中にはまだ園児の母親という場合もあると思います。よりどころである絶対不可欠な存在の母親が病気になる。そうなると本人ももちろん辛いですが、実は家族はもっと辛いのです。」
私の脳裏には、中学生の息子の顔が思い浮かび目頭が熱くなりました。
「近い将来、30人に1人は乳がんです。」
私、とっさに考えました。中学校の授業参観・・・息子のクラスでは私。隣のクラスのお母さんの中に1人。その隣のクラスにまた1人?
えっ!? それって、たいへんなことだよね。
みんな、検診受けようよ。私だって、本当はもっと早く見つかれば、もっとダメージが少なくてすんでいたんだよ。どうして、もっと早く検診を受けなかったんだろう。

田中先生のお話は、今の自分ときちんと向き合う機会をくれました。
だいたい、見つかって良かったのだと思うようにしていましたので、本当はもっと早く見つかればよかったなんて・・・
でも、本当の本当は、もっと早く見つけなきゃいけなかったと思っていたわけです。
これまで私は、現実を認めたくなかったのだということを確信しました。

そして、弱い自分をきちんと受け止め、大事にしたいと思いました。
今の私は、右の乳房を失い、6回の化学療法を終え、女性ホルモンを抑える薬を毎日のんでいます。
人に会うのがおっくうになり、何かしなければ自分が駄目になっていくと感じていても、何もやる気になれませんでした。
がんの告知以前に築いた「子育て支援の元気なひと」そんなイメージが重荷で、今では戻る場所を失ったような感じさえしていました。
会う人、会う人に「元気そうだね」と、言われると(元気じゃないよ。気が病んでいるよ)と、心で思いました。私は、自分のことを「強い人間」だと思い込んでいましたが、「弱くて、もろい」と、つくづく感じます。


私、乳がんになりました。
何かのご縁で、今の私がJ.POSHと出会いました。
何かのご縁で知り合った方々に乳がん検診を勧めようと思います。
何かのご縁で、私は、たまたま乳がんを発見できて、今を生きているのだから。

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